タスマニア旅日記(自転車旅行) 41-1

au41-12002年4月9日 火曜日 晴れ 24℃

シドニーも2ケ月前来た頃にくらべると非常にしのぎやすく、朝夕は肌寒いくらいだ。

朝8時に起きて、朝飯を食べに町に出た。ホテルから歩いて5分くらいの所に手頃なカフェがあった。

店の外のテーブルでコーヒー(フラットホワイト)とピタパンで朝食をとった。ピタパンには、コリアンダーの青い葉とチキンのソテーがたっぷりつまっていて非常にうまかった。しかし私にはボリュームがありすぎる(全部で10ドル、高い!)。

昨夜は晩飯をぬいたので胃の重いのが消えた。コーヒーが2ドルだからピタパンは8ドルでちょっと高い。フツーは4ドルくらいだ。

また胃がもたれそう。私はこれからはクラッカーとチーズだけで朝食と昼食を済ませる事にして、帰りにFOOD-SHOPでクラッカーとチーズを買ってホテルにもどった。

買ってきたミネラルウォーターと飲み物とFOODを冷蔵庫に放り込み、ラジオのスイッチを入れ、デスクで書き物をした。

この国は昔のイギリスみたいにクリケットが大人気でT・Vの画面や新聞をいつもにぎわしている。ジュディーの話では、数時間で終る仕合いもあるが、伝統的に5日間試合を続けて勝敗を決めるらしい。実に気の長い話だ。

本国イギリスでは、クリケットは人気をかなり以前に失い、私がロンドンに暮してた30年前でさえサッカーの方に人気が集っていた。

フィッシュ&チップスはその当時、どこにも店がありロンドンでは皆が毎日食べていた。しかし、今はマクドナルドや他の外食産業の進出で人気が落ちたとジュディーは言っていた。

オーストラリア(シドニーとタスマニアしか知らない)ではとにかく、フィッシュ&チップスは大人気で、マクドナルドはたまに見かける程度。地方に行けばマクドナルドは姿を消しフィッシュ&チップスオンリーになる。

大企業でなく個人の店なのが良い。本国よりもおいしい。そして安いのだ。店によって個性が違う。

フィッシュもテュバリ(ブルーアイ)とかツナ(マグロ)のフライで、ストロングテイストおいしい。本国のフィッシュは豆腐みたいに四角い、コッド(たら)で不味かった事だけ覚えている。タスマニアに来て私はたちまち、フィッシュ&チップスが好きになった。

単純にして素朴なところが好きだ。しょ民の味方である。日本で言えば焼芋に相当するものかもしれない。でも胸焼けするので一週間に一度ぐらいで我慢してる。

ようするにマクドナルドやケンタッキフライドチキンは企業の味でありフィッシュ&チップスは家庭の味であり屋台の味なのである。私に言わせれば「くたばれマクドナルド!」だ。

でも私は時たまマクドナルドに入って紙コップでうすいアメリカンコーヒーを飲み、そして消ゴムみたいなハンバーガーを噛みしめる。そこにはテイスト・オブ・アメリカが感じられる(私だけの幻想のアメリカにすぎないが…)。言うなれば私はマクドナルドに行き、アメリカを少しだけ旅するのだ。

私にとってはしょせんアメリカは旅する国でしかなくとても住める国でもないし、住みたい国でもない。たまに食うから面白いんであって、あんな消ゴムみたいなものは毎日食う事は出来ない。他に食物がなきゃ仕方なく食べるけど…

マクドナルドのハンバーガーを食っていると時々、自分がどこかのプリズン(刑務所)の食堂にいて、自分が哀しいプリズナーみたいに思える。あらためて食、文化とは何か?と考えさせられてしまう。個性を押しつぶされる感じがするのだ。

「くたばれマクドナルド!!」これからはスローフードの時代だ!フィッシュ&チップスは屋台の味!だから好きだ。

オーストラリアの英語はなまりがあると言われるが、それはトーキョーとサイタマくらいの違いでしかないように思える(地方は別として)。この2ヶ月で耳はかなり英語になれたと思う。でもネイティブ同士の会話になるとダメだ。ついてゆけない。自分の意志や考えを相手につたえる事は出来る。30年前にロンドンに居た頃は今に比べりゃまるっきりオシでツンボだった。あの頃よりはずっとましだ。

街の中でベンチに一人で腰かけていたら若いモルモン教の宣教活動をしている男が横に来て話しかけてきた。めんどくさいので、全部日本語で答えた。相手はめんくらい、「こりゃダメだ」と言って去ってしまった。こんな時は便利だ。

でも相手の言ってる事はほとんどわかるのでなんとも妙な感じがした。いたって真面目な青年がちょっと哀れに思えた。飛行機の中で一緒だった日本人留学生は

「そうですね、はじめは自分がメキメキ上達して行くのがわかるわ。でも途中から上達しているのかどうか自分でわからなくなってしまうの。ちょっとスランプですね。そこで頑張って、映画を見たり、ビデオを観たりして前へ進むといいです。それが上達するコツでしょう……それと相手の言ってる事が理解できない時はわかるまで聞き返さないとだめ」

と言っていた。ナルホド、ナルホドである。

私は自転車旅行中辞書を持って歩いたのに一ページも開かず失敗したと思う。シドニーに来てからは片手に辞書を持って歩き、目にする広告やプラカードの理解出来ない言葉を辞書でいちいち調べる。わかると頭の中にパッと豆電球がともる。ナルホド、ナルホド……

私は中学から高校にかけて、「何で日本人の俺がイギリスの言葉を覚えにゃならんのだ」と試験の度に思い腹が立った。私は自分のナショナリズムから英語は積極的に勉強しなかった。それが未だにひびいている始末だ。

外国に行き英語の知識が必要になると「あの時勉強しときゃ良かった」と身にしみた。30歳になって初めて日本を出た。一歩出てみると世の中は、世界はアングロサクソン、西欧が主流であった。現実の前で私の小さなナショナリズムは消し飛んでしまった。

ただ私のアイデンティティーと結びつく(日本人としての)ナショナリズムは体の奥深くで生き続けているのは確かだ。否定しようがない!サケが生まれた川にもどるように私は私の母国に帰る。


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